2011/01/20

Moleskineのびっくり動画

Twitterで教えてもらったのですが、YouTubeにびっくりする動画がUPされていました。


メイキングもありました。



Moleskineって、ほんとに好きなように使うToolなんだなぁと、改めて感じました。


  

ノートとデジタルをどう使っているか 

ノート構成のつづきとして、それぞれの運用方法について。

ベースとなるのは…
とりあえず、Moleskine Pocket Squared黒に、ライフログをつけて、そこからGTDのInboxに入れるもの、PoICのカードに転記するもの、ネットにUPするもの(UPしたもの)、などをレビューして、それぞれの行き先に転記します。

GTDについては、InboxからRemember The Milkにタスクを入力するものと、Moleskine Pocket Squared赤のProject listやSometime listに転記するものとに分かれます。
本来のGTDだと、すべてのInboxに書かれた事柄は何らかの処理をして、消えるべきなのですが、読みたい本や調べ物など、すべてを一気にInboxから出すのは、逆に転記が大変なので、それらはしばらくInboxに滞在するという形で運用しています。

5×3カードとMoleskine Large Squaredは、勉強関係で使うことが多くて、何かを見聞きした時のメモは5×3カードにとって、あとでMoleskine Large Squaredにそのまま貼りつけます。あとでレビューして、必要に応じて転記していくのは、Pocket Squared黒と同じです。
また、見聞きしたイベントなどでチラシがあった場合は、それをMoleskine Large Squaredに貼りつけますし、入場券の半券もここに貼り込みます。そして、歌舞伎は舞台写真が販売されることが多いので、贔屓の役者さんや、衣裳がステキだった役について、写真を購入すると、ここに貼ります。

日々の飲食や消耗品のレシートはPocket黒にだいたい時系列で貼りますが、本や文房具など、勉強関係のレシートもLargeの方に貼ります。

そんなわけで、今のところ、一番太っちょさんに変身するのが、Moleskine Large Squaredです。
ただ、今後の課題として、勉強関係の資料やノートは、演目ごとなどにしてファイリングしていく方が、あとから参照しやすいと思われるので、舞台写真はそちらに移動してもらうことになりそうです。
とはいえ、そのノートをどのように作っていくのかが、まだ決められないのですが。

仕事については、毎日Remember The Milkの「今日」というフォルダーを見て、Google Calenderにそれぞれのタスクの時間を割り振っていくことで、ToDoリストがわりに運用しています。

GTDははじめたばかりなので、これからまだ、変化していく可能性もかなりあります。
ただ、GTDとMoleskineでライフログをとりはじめたことで、今までついサボっていた”いつでもできるけれど、ちょっと面倒”ということで放置しがちになっていたタスクが、消化できるようになってきたこと、「あ、あれを忘れた!」とあわてることが少なくなった、といったメリットがあるので、GTDもライフログも、このまま続けていきたいなと思っています。

  

2011年の手帖構成は???

すっかりご挨拶が出遅れてしまいました…。
今年もどうぞ、よろしくお願い致します。

さて、新年最初の月も、あっという間に10日を過ぎてしまいました。
今年の手帖構成は、と申しますと。

スケジュール関係は、        Smythson Schott's Miscellany Diary 黒※ とGoogele Calender
あらゆるメモは            Moleskine Pocket Squared 黒※
GTD用として               Inboxは Moleskine Chaier Squared◇ 
     Action list・Project list・Someday list はMoleskine Pocket Squared 赤△
勉強関係のスクラップなど用で  Moleskine Squared Large☆
インクノート             Moleskine Volane Ruled☆
詩歌ノート             Moleskine Pocket Reporter Ruled△
メタ・ノート             Smythson Panama Notebookl◇
記念日ノート            Smythson Schott's Miscellany Diary 橙◇

といった感じで運用しております。
いやはや、一気に綴じノートが増えましたw。

とはいえ、とにかくスケジュール用のSchott's黒とMoleskine Pocket黒以外は、荷物を減らしたい日には、お留守番にまわってもらっていますが。
ということで、※をつけたノートが、必ず持ち歩くもの、◇はなるべく持ち歩くもの、☆は基本、家に常駐、といった感じです。

職場に常駐しているのが、
Quo Vqdis Executive の2010年4月始まりで、こちらは仕事関係の、モノやデータの出入りを記録するのに使っております(といいつつ、年明け以降、モレポケットからの転記が滞っているのですが…)。

ほかに、紙ものは、コレクトの5×3カード2種(薄口無地と薄口横罫タテイチ)を、それぞれジョッターに入れたもの、トラベラーズノートに拡張ポケットをつけてRhodia no.11と5×3カード(厚口方眼)を入れた物も持ち歩いておりました(爆笑)。

家以外の場所で、勉強やMoleskine Pocket Squaredのレビューなどをすることが多いので、どうしてもいろいろ持っていないと!という気分になるんですね。

それぞれのノートの運用などについては、また改めて…。
  

2010/08/19

j's pamcake cafeに行ってみました。

前から、ここの前を通るたびに気になっていたのですが、先日、時間調整をしつつ、軽く何か食べたいな、と思い、初めて入ってみました。



以前はハンバーガーのお店だったそうですが、その時は入ったことありませんので、内装などの比較はできません…。

店員さんオススメのパンケーキのセット(アップルシナモン)をオーダー。
アップルシナモンのソースのほかに、アイスクリームと生クリームもトッピングされていましたが、甘すぎない感じで、美味しかったです。
パンケーキ自体も、やわらかすぎず硬すぎず、フカフカした感じでした。

食事系のパンケーキもあるようだったので、また、機会があったら、行ってみたいと思います。
  

2010/06/08

ノートと手帳、5×3カード その2

II. 母艦ノートにたどり着くために
母艦ノートは、ひたすら時系列です。直近の出来事ならば、比較的簡単に、必要としている記事を 見つけることもできるのですが、時間が経ってくると、そうも言っていられません。
そこで、母艦ノートのインデックス的な役割を果たすものが 必要になります。
その役割を担ってもらおうと思っているのが、手帳と5×3カードです。

1)手帳その1 能 率手帳4月始まり普及版→Smythson Panama Diary
手書きに目覚めてしばらくの間は、それでもスケジュール管理はGoogle CalenderがiPhoneからも使えるので、それでいいと考えていました。
でも、会議の最後などに、次回の日程の相談をしたりする時に、新しい予定を書き込むのに、意外に面倒なんですよね、iPhoneのGoogle Calender。紙の手帳ならその日のページを開いて書き込むことは、簡単だなぁ~ということを改めて。
もちろんGoogle Calenderなどの場合は、ルーティンのことを書きこむのはすごくカンタンで、繰り返し機能を使えば、毎週とか毎月とか、もちろん毎日という予定は1 回の入力でずーっとキープしてくれる、という便利さはステキなことです。
で、両方のいいところを上手く使えばいいのよね、と思い立ち、見開 き2ページが1週間分の手帳を導入することに。できれば、万年筆での記入をメインにしたかったので、ネットでいろいろと情報を集めてみた結果、お手軽なと ころだと能率手帳の紙質がいい、という結論に。
ちょうど4月になったばかりの時期だったので、4月始まり版がまだまだ伊東屋の店頭に並んでいて、能率手帳も無事発見。

書き込んでみると、たしかに万年筆のインクが滲んだり裏写りしたりすることもなく、書き味もよくて、さすが老舗の製品だ~!と感じました。
ただ、当時わたしがこの手帳に使おうと思っていたのは、Lamy Safariのペン先EFでした。でも、EFでもちょっとこの手帳には太く感じられてしまったので、プレッピーという廉価版万年筆を試しに購入してみたところ、これがちょうどいい感じでしたので、太さ問題は、一応解決しました。
1ヶ月ほど使用してみて「たしかに、よくできた手帳なんだけど、どうもなんだかしっくり来ないのよねぇ~」と感じ始めてしまいました。
その原因はなんだろう?と自己分析してみると
①表紙のデザインが気に入らない
→1月始まりのデザインだったら問題なかったんですが、4月始まりのデザインは、もうひとつ




②左ページの時間メモリがいらないんじゃない?
→時間の決まった予定もないわけではありませんが、一日にそれが何本も重なるというのは、滅多にないけど、時間メモリがあると、ついそれに縛られてしまう
③右ページが上手く使えない
→毎日のTaskや時間に関係ないメモを書くには、スペースが足らない気がする
といったことが原因のようでした。

解決法は?と考えてみると
①については、シールを貼るとかカバーをかける、といった解決法がなくはない。
②については、時間のメモリを無視すればいいじゃん!と思えばいいのか???
③については、「NOTE & DIARY」で能率手帳をお使いの方が、Taskはスケジュール欄とは関係なく、どんどん書いていくので、年間2冊同じ手帳を使うべく、予備も買ってありますとおっしゃったのを見て「はぁ~、なるほど」と。

でも、なーんか手帳にこっちが合わせるって、本末転倒じゃない???という気がして、解決策を外に求めたのでした(というか、要は違う手帳を買って見たかっただけという説もありますが・・・)。

そこで、「NOTE & DIARY」のバックナンバーを取り寄せてみたり、ネットをあちこち覗いてみたりして、行き着いた先がなんと、あのSmythsonだったわけです。
「もう5月だよ~。あんな高い手帳、半年分、ムダにするんだよ~」とか、「もうちょっとお手軽なのがあるんじゃないの~?」という天の声も聞こえては来たのですが、結局、Smythsonさまの魅力には打ち勝つことができず・・・。

Smythsonは、大学の先輩で、センスがいいなぁ~とひそかに憧れていた方が、何年か使っていらっしゃったので、見たことはありました。当時は文房具への興味はさほどなかったので「なんか、カッコイイ手帳だなぁ~」とは思ったものの、真似っこして買う、というところには至らずでした。
ちなみにその先輩、ある年、HERMESの手帳に変えていらっしゃったので、それ以来、実物を見たことはなかったんですが、 ステキだなぁ~と印象に残る手帳であることは、間違いありません。
文房具への興味が湧いてきて、Webやら雑誌を見るようになると、時々ふっと顔を出すのが、Smythsonの手帳やノート。「あー、あの先輩が使っていた、アレだ!」と思い出しました。

Smythsonのサイトをみると、4月始まりのDiaryもありました。でも、春Ver.は確かに春夏っぽいさわやかカラーがステキではあるのですが、これを秋から冬にかけて使うのはちょっと、なぁ…と。
そして、来年の手帳がおそらくは、ヴァルカナイズ・ロンドンの店頭に並ぶのが秋。ってことは、絶対にその時期に2011年の手帳が欲しくなるに違いない!だったら、過ぎた5ヶ月分は、それなりの使い方を考えるとして、1月始まりの2010年版を買おう!!と。
折から円高のおかげもあり、ひょっとしたら時期が時期だけに多少のディスカウントがなされているのかしら?という29£+送料という価格を円換算してみると、想像していた値段の1/2近い値段で、送料込みだったというのも、後押ししてくれたんですけどね。

そして、Webでポチっとやってから、およそ1週間で、LONDONからやってきました~、Panama Diaryが。これまた予想以上に早かったです。発送したよメールから、4日くらいで着きましたから(注文したのが日本時間の金曜日だったので、発送したよメールまでに時間がかかったのかも?)。



日付と曜日しかない、見開きに8コマというレイアウトは、長いこと忘れていた感覚なので、とても新鮮です。使い方は、しばらくは試行錯誤することになると思います。 でも、そういう試行錯誤も楽しいよねぇ~、と思えるようになってきたのが、文房具に目覚めたということかも???


  

ノートと手帳、5×3カード その1

ノート第2弾を書こうと思っていたのに、すっかり間があいてしまいました。
その間に、いろいろと手帳構成にも変化が出たので、改めて。

I. 母艦ノート
相変わらずMoleskine Largeを母艦として使用しています。




まずは、日記。その日にあったことを、時系列に沿って記録。とはいえ、時間を書くことはあまりないのですが・・・。




次の見開きに、だいたい毎朝(仕事が休みの日は、あまりやらない)行うGTD+Rの結果を5×3カードに、その日のTask Listとして書き出したものを、貼ります。
Taskは終わったところで、赤鉛筆で横線を入れて、消していきます。
右ページには、その日に入ってきたレシート類を貼ることにしました。
ここまでは、毎晩、家でやること。

それ以外にMoleskineに書いていることは…。
1)はてなノート
毎日続けたいと思ってはいるのですが、これは毎日はなかなか続いていません。

これは、「辞書引き学習」を小学校で導入していらっしゃる深谷圭助さんの『大人の「思考ノート」の作り方』という本を読んで、始めてみたものです。
その日に出た疑問、「これナニ?」という言葉の中からPick Upした言葉を、Rhodia no.11に3つ書き出しておきます。それを辞書やWeb、手持ちの書籍などで調べて、ノートに書き写す、というもの。
辞書の解説記事程度なら、それほど長文にはならないので、手書きで写すのがよい、ということでしたので、それを実行しています。Webや本など、引用したいものが長文の場合は、コピーを貼り込むのでOK。今のところ、iPhoneの「大辞林」アプリをメインにしているのですが、やはり紙の辞書(広辞苑あたり)を入手しようかな?と思っています。
意外に、知っているようで知らない言葉とかモノってたくさんあるんだなぁ~、というのを、これを始めてみて、感じています。そして、「大辞林」アプリだと、関連項目がリンクされているので、そこまで読んで、関連性が大きい場合は、そっちも書き写していくと、興味が広がっていって、面白いです。こういうことを、小学生の頃からやっていたら、今頃は…、なんて思うのですが。物事に「遅い」ということはない、と思うことにして、これはなるべく毎日続けられるよう、今後もやっていこうと思っています。

2)本の抜書き
読んだ本には、興味深い記述、大事だと感じたところ、参考になりそうな文献情報などの箇所にポストイットを貼りつけています。それを読んでから1ヶ月くらい経った頃に拾い読みして、その段階でも大事だと思ったことを抜書きしています。ただ、この役割は、最近は5×3カードに移行しつつありますが。

3)観劇メモ&舞台写真




お芝居などを見た時に、気づいたことをそれ専用のメモ帳に今まではメモしていました。でも、最近はJotterと5×3カードを導入したので、そちらにメモすることにしました。で、その日見たお芝居のチラシやチケットを左ページに貼り、右ページにメモを貼りつけ、さらにあとから気づいたこと、調べておきたいこと、などを空いたスペースに書きこみます。
お芝居の場合、主な配役だけでも手で書き写すのは結構大変なのと、チラシにはビジュアルの要素もありますし、あらすじが載っているケースも多いので、後々の資料としての価値もあります。でも、それだけをまとめてファイルすると、後からそのお芝居について調べようと思ったときに、資料がバラバラに保存されているので、結構めんどうくさくて、ということが今まで多かったのです。
その日のうちに、少なくともチラシとチケットとメモを貼りこむところまでやっておけば、後は時間がある時に書き加えてもOKということで、面倒くさがりのわたしには、向いているようなきがします。
また、歌舞伎の場合、その月の舞台写真を劇場で購入できます(例外もありますが)ので、購入した場合は、それも写真コーナーを使って、貼り込みます。その時に、誰の何の役、というのをメモしておきます(似たような衣裳・顔の役柄も結構あるので、買ったときにやっておくのが吉!)




いずれも、基本はひとつの項目は見開き2ページ。左ページしかその時は使わなくても、右ページは後から、追加情報を書き込んだり、左ページの内容のまとめを書いたりするため、あけておきます。

チラシや舞台写真を貼り込むため、Moleskine Largeのサイズはないと、不便なので、ここは今後も変わらないと思います。



  

ジョッターって便利!

手書き生活になって、Rhodia no.11を愛用していたのですが、Rhodiaの表紙をめくる、というたった1つのアクションが、結構面倒くさかったりするんですね。
メモは、iPhoneに任せれば?という案もないわけではなかったのですが、iPhoneだと立ち上がるのに、これまたタイムラグと手間が…。

ちょうどPoICを始めて、5×3カードを使うようになって、これを持ち運ぶためのアイテムとして、トラベラーズノートの革カバーを使い始めました。
表紙の裏側にポケットをつけて、Rhodia no.11を差込み、裏表紙の裏側にもポケットをつけてそこに方眼のカードを差し込みます。書き終えたカードは、クリアポケットの中に収納、という風に使っていました。

トラベラーズノートの革カバーでも、表紙をめくらないとメモがとれない、という点は改善されず。何かないかしら???と思っていた時に、Twitterでジョッターというものがあるというのを知り、さっそく検索。
あー、なるほどこういうものなのね、と。

ただ、実物を扱っているお店がなかなかなくて、やっと銀座伊東屋のM2フロアで発見。ショーケースから出してもらって、手にとると革の手触りもいいし、かさばらなさそうなので、試しに購入してみました。

その日は、新橋演舞場で花形歌舞伎の夜の部をその後観劇したので、さっそく、ジョッターを使ってみました。
セットしたカードはコレクトのアイテムC-356という、タテイチに横罫の薄口カード。芝居を見ながらのメモだと、どうしても手元を見ないで書くので、後でそこから要点を書き出さないと読めないので(笑)、PoIC用のカードだともったいないなぁ~と思い、伊東屋で一緒に購入してみました。
ジョッターは、カードホルダーとしてだけでなく、テーブルなどがないところでの筆記の際に、台にもなるのですね! そして、5×3だと、手が小さいわたしでも、片手で支えるのにちょうどよいサイズ。
書き終えたカードをジョッターから抜く時にも、あまり音がしないのが良いです。

薄口のカードにしたおかげで、惜しげもなくメモがとれるし(←貧乏性)、これはいいぞ!と。ただ、罫線がない方がいい場合もあるので、無地の薄口カードも追加購入しました。すると、ジョッターがもう一つ欲しくなるのですよねぇ…。
はい、すっかり物欲を刺激されました。そこで、青山のヴァルカナイズ・ロンドンに行って、スマイソンのメポケットメモ(スマイソンは、ジョッターという名前はメモ帳カバーに使っているので、ポケットメモだそうです)を購入してしまいましたよ…。

で、伊東屋オリジナル?の方にC-356を、スマイソンの方には無地のC-1531をセットしました。
PoIC用のC-3532(方眼・厚口)はというと、相変わらずトラベラーズノートのカバーの中に入れています。
というのも、PoICのカードは、基本的にテーブルや机の上でしか書かないので、あくまでもカードが汚れたり曲がったり折れたりしないように持ち運べる入れ物があればOKだからです。

ジョッターに入れたカードは、お芝居・落語などを聞いた時のメモや、電車の中や食事の途中などに気づいたこと、Taskを思い出した時のメモとして利用中です。







  

2010/06/02

お気に入りのレシピ本

4月末あたりから、自炊生活が復活しております。
自炊をはじめると、ゆるーいマクロビをするのですが、レシピでなかなか「これは美味しい!」というものがないんですよね。
ムリにお肉やお魚っぽい味を出そうとしているようなのは、あまり好きじゃなくて、野菜の味を上手く引き出すような味付けがいいなぁ~と思うのですが。

で、マクロビの料理本を見かけると、一応チェックしてみたりはしているのですが、やっと「これは美味しい!」と思える本に出会いました。
毎日のマクロビオティックみなみ屋さんのお弁当』 です。


タイトルにもある通り、お弁当のレシピ集がメインですが、普通のおかずもいろいろと紹介されています。
そして、作りおきができるお惣菜のレシピが充実しているのが、ありがたいです。

ひじきの煮物でも、オーソドックスなものの他に、れんこんと炒め煮にしたものも。
さらに、それをアレンジしたサラダやチャーハン、マフィンなどのレシピが載っています。


また、季節の旬の野菜を使った漬物や、普通なら捨ててしまうふきの葉っぱの使い道なんていうのも、紹介されています。
ふきの葉っぱは、ゆがいてお醤油につけておくと、2ヶ月くらいは冷蔵庫で保存でき、おむすびに海苔のかわりに巻くと、おいしいです。
ついうっかり、ダメにしてしまうことの多いきゅうりも、蛇腹に切って千切りにした紫蘇と一緒に梅酢醤油に漬けると1週間は保存できるということで、さっそく試してみました。

新たまねぎのピクルス、ふきの味噌漬けなども、お弁当はもちろん、朝晩の食卓でも活躍しています。
今のところ、作ってみた料理は、どれもだいたいわたしの好みの味付けで、しかもそれほど手をかけなくてもできるものが多いので、大いに助かってます。

常備菜があることで、帰宅が遅い日でも、冷凍のご飯を解凍して、おみおつけだけ作ればいいや、と思えるので、外食がめっきり減りました。
お弁当も、無理せず時間がない日は、おむすびと常備菜だけ、とか、ごま塩ごはんと前の日の煮物と作りおきの漬物といった具合に、メリハリをつけて、結構続いております。
そして、材料をムダにする確率がそうとう下がったのも、地球にもお財布にも優しくて、いいことだなぁと思う今日この頃です。

お料理のレシピって、味の好みが人それぞれなので、必ずしもみんなが「おいしい!」と思うかどうかは別だとは思うのですが、野菜の美味しい食べ方を探していらっしゃる方や、マクロビを始めたいけどめんどくさそうという方には、試していただきたいレシピ集です。
  

2010/05/25

Smythsonに恋しちゃいました

手書きの良さに目覚めて、半年。
今まで、スケジュール管理はGoogle Calenderにお任せしていましたが、紙の手帖がもちたくなって、お試ししてきました。

最初に入手したのが、Quo Vadis Excective4。これは、ずいぶん前に、真四角の形の可愛らしさと、ヴァーチカルタイプの使いよさが気に入って、数年、愛用していました。
ただ、いかんせん持ち歩くのにはちょっと大きい。
Moleskine Large Squaredを持ち歩くと、2冊はさすがに…ということで、これはデスク常駐に。使い方も、スケジュール帳というよりも、毎日のタスク管理用に落ち着きました。
時間軸は無視して、GTD+Rで洗い出した、あらかじめわかっている仕事とプライベートのタスクを書き出して行きます。この方法で便利なのは、毎日やらなければならないルーティーンワークや、やり残したタスクを横に→を延ばして行ける点です。
このアイディアは、「ほしのちゃんネル」さんのエントリーを参考にさせていただきました。

続いて、持ち歩ける手帖を何か、と思い同じく「ほしのちゃんネル」さんが使っていらっしゃる能率手帳の、普及版4月始まりにトライしてみることに(ほしのさんは、なんと革装のゴールドをお使いとのこと)。
能率手帳も、実はQuo Vadisを使う前に、何年か使ったことがありました。でも、あのいかにも「ビジネスマン向け」という装丁に馴染めず…。
万年筆の書き心地が素晴らしい紙質と、コンパクトサイズ で持ち歩きに便利、という点では申し分ないのですが、いかんせん、装丁が…。普通の1月始まりの装丁だったらば、なんの問題もなかったと思うのですが(それなりに年齢を重ねて、あの素っ気ない装丁が逆に味わいだと感じられるようになりましたよ、わたしも)、4月始まりは、あの装丁のものが見当たらなかったんです…。
そして、左ページの時間のメモリが逆に邪魔に感じられてしまい、どうもこれもイマイチわたしには馴染めず。
時間に縛られる予定も1日に一つや二つある日もあるのですが、毎日ではないので、あのメモリがなんとも半端に意識のうちに侵入して来て、無視しきれないのです。
 右ページも、日々のタスクや買い物の記録を記入するには足らないし、と。

うーん、何か別の手帖で「コレだ!」というものはないかしら、と思い始めたところで、実物を見てみたいなぁ〜と思っていた「ノート&ダイアリー」というムック本と、書店で遭遇したので、さっそく購入。
そこで見つけたのがSmythsonのダイアリー。この手帖、学生時代に「センスがいいなぁ〜」と常々思っていた先輩が、何年か愛用していらしたので、知ってはいたのですが、伊東屋などでは見かけたことがなく、すっかり忘れていたのでした。

薄くて軽いにもかかわらず、万年筆で記入しても裏写りがない、というのに惹かれて、取り扱いがあるというヴァルカナイズド・ロンドンへ実物を見に行ってみたのですが、なにしろ5月も半ばになろうという時期。ノートはいろいろな種類の在庫がありましたが、ダイアリーは入荷の予定なし、とのこと。紙や表紙の材質、装丁の基本は一緒というノートを手に取ってみて、その薄さ軽さ、たたずまいの美しさにすっかり魅せられてしまいました。
とはいえ、ノートは今の所、Moleskine Largeを使うという方針に変更はないので、2011年版が出るまでお預けかなぁ〜、とちょっとがっかりしながらお店を後にしました。

とはいうものの、やはり諦めきれず、ネットで検索した本家のサイトを見てみると、なんとまだ2010年版の扱いがあります! そして、2010-11という日本でいうところの4月始まりらしきバージョンも。しかも折からの円高のおかげで、価格も日本で買うよりも、かなりリーズナブルな模様。これはもう、買うしかないでしょう!と気持ちが固まり、どれにしようかとサイトをじっくりと観察。表紙の革の色と、紙の手帖を使い続けるなら、おそらく2011年版を今年の秋には何かしら入手してしまうであろう、という予想から、1月始まりのPanama Diaryの赤を註文したのでした。

注文してから4日後に、発送したよメールが届き、1週間強で無事に手元に届きました。サイトでみたよりも落ち着いた赤の表紙に、大満足です。

スケジュールページは、あまりに綺麗なレイアウトで、最初に書き込むまでにためらいもあったのですが、意を決してPelikan M200で記入してみると、その気持ちよい書き味にすっかり惚れてしまいました。
どんな風に記入するかは、これからしばらく試行錯誤していくことになると思いますが、それがまた楽しそうで、ワクワクしています。

ここでひとつ、困ったことが…。
「ノート&ダイアリー」で一緒に紹介されていたSchott's Miscellany Diaryのページに使われているフォントが、より好みだなぁ〜などという、新たな悪魔のささやき…。今回、Panama Diaryにしたのは、英語でトリビア的なことが書かれていても、どうせ読まないだろうなぁ、と思ったからなのでした。でも、 書かれていれば気になるから、英語の勉強にもなるじゃない!?という言い訳を思いついたのと、やはりあのフォントとレイアウトが気になるなぁ〜と…。

まぁ、来年版のお楽しみにとっておこうと言い聞かせている訳ですが、Panama Note は”別腹”という囁きがふつふつと湧いて来ていて、困ったものです。
Moleskineは持ち歩くのをやめたので(そのかわりに、5×3カードで読書ノートやらアイディアメモ、その他いろいろを書いています)、ちょっとまとまったことを書くのに、いいかなぁ〜なんていう言い訳が、頭を過るのですねぇ。
はたしてどうなりますか。
あの書き味を知ってしまった今となっては、我慢できるかどうか、甚だ心もとない今日この頃です。

ちなみに。これって何かに似てるなぁ〜と思ったら、恋愛初期症状と同じような感じだ、と思い当たりました。少しでも長く一緒にいたい、何をしていても相手のことが気になる、まさにそんな感じです。
目下、Smythsonへの恋心が全開状態です…。はぁ〜。
  

2010/03/08

わたしが手書きノートを復活させた理由 その1「お稽古ごと編」

お囃子の稽古を始めて、改めて感じたのが「手で書く」という行為の意義。
ここ数年は、いかに有効にデジタルで記録するか、ということばかりに気を取られていたた。
ところが、囃子のお稽古では、附(楽譜のようなもの)は師匠から基本的にはいただかない。だからお稽古の録音を聞きながら、手付を書き起こすことになる。しかし、この作業にパソコンはほぼ、役に立たない。その原因は、自分がスラスラと書けるほど、囃子のことを知らないからだ。
耳で聞いた音を、頭の中で記号に置き換え、それを表記するのに、いくつかのクッションが必要なのだ。

たとえば、自分に或る程度の知識がある事柄について、テレビの番組を見ながらツイッターにその内容を投稿することはできる。でも、よく知らないことについては、用語も知らないし、話の流れのも掴みにくいから、うまく投稿できないのと似ている。

そこで、久々の紙に手書きというスタイルが復活した。囃子の手のツブを一つずつ書いて行くのだけれど、これが案外、覚えることにも役立っているのではないかな?と漠然と感じていた。そして、ある稽古の時、師匠と雑談をしていたら「僕も、とにかく新しい曲を覚えなきゃならない時は、書いて覚えてますよ」と言われて、やはりそうなんだ!と。
その後、歌舞伎囃子人間国宝の堅田喜三久先生のレクチャーコンサートを聞きに行った時にも、「若い頃は、テープレコーダーなんて使えなかったから、とにかく毎日、演奏会に出かけて、そこで附けを書いて、夜、家でそれを清書した。そうやって書いたことが、記録ということだけでなく、たくさんの曲を覚える上でも、役に立った」という意味のことをおっしゃっていらして、ますます納得。


そんな訳で、囃子のお稽古に関しては、とにかく「書く」ということを続けている。

その後、能の仕舞と謡のお稽古を始めた。謡は「謡本」という楽譜のかわりになるようなものがある。仕舞も形式はいくつかあるようだが、「型附」という舞踊譜のようなものがある。ということで、すっかりそのテキストに頼っていた。

ところが、「経正」という曲の仕舞の「型附」をいただいたら、詞章に動きの指示が言葉で書かれたものだった。それで、しばらくの間、その「型附」に言葉を書き足していたのだけれど、それだと、この詞章のときに、自分が舞台のどの場所にいなくてはいけないのかが、イメージしにくいことに気づいた。
仕舞の中で、この詞章の時には、ここでこの型をする、ときっちり決まっているところが、必ず何カ所かある。でも、そこへ行くのが間に合わなかったり、謡が余ってしまったりするのだ。

もともと、イラストなどを書くのは苦手で、なんとか言葉だけで補足情報を書き込もうとしていたのだけれど、それでは自分の乏しい体験では足らないのだ。
そこで、発表会を前にして、ノートに詞章とともに居場所の軌跡を書いてみることにした。
すると、何足(歩数)でここへ行くためには、その前にここにいなくてはムリ!ということがわかってきた。
誰かに見せる訳ではないから、まぁ、いいかという程度のメモではあるけれど、あやふやだった詞章も動きと一緒に書くので、覚えることができる。


あー、やはり書くことって、大事なんだなぁと感じる今日この頃だ。
他のことにも「書く」という行為を復活させようと、手書きのノートを復活させた。
それについては、また項を改める。
  

2009/12/22

「鳥目」

歌舞伎や狂言、落語を見聞きしていると、時おり「お鳥目(チョウモク)」という言葉が出てくる。
これは、お金のことを表す言葉なのだ、というのは前後のつながりやら何やらで、類推できるのだけれど、その語源について、狂言の茂山千之丞さんの『狂言じゃ、狂言じゃ!』という本に出てきたのが
穴空き銭の形が、鳥の目に似ているところから、鳥目という
P.188
という記述。

なるほどねぇ~、と思っていたら、そのちょっと後に読んだ、種村季弘さんの『雨の日はソファで散歩』にも、この「鳥目」についての記述が出てきた。
江戸時代の銭貨は円形方孔、つまり丸い銭に四角の孔があいていた。これが鳥の目に似ているところから金銭のことをお鳥目といった。
                             「鳥目絵の世界」P.117
今の穴あき銭は、丸い形に丸い孔が空いているけれど、たしかに、写真や博物館の展示で見たことのある江戸の銭貨は、四角い孔が空いていたな・・・。

で、種村さんの方は、ここから絵画の技法についての話に発展していく。
ところがその下に絵がつくと、これまた意味が変わってくる。鳥目絵。文字通りバーズアイの俯瞰図のことだ。
さて、鳥目絵といって、誰でも思いたるのが広重『江戸名所百景』の「深川洲崎十万坪」だろう。


(略)
その眺望をもっと遠大にすると北斎「東海道名所一覧」のような鳥目絵になる。


(略)
師宣の「東海道追分間図絵」は現実の遠近関係を無視してまで海道筋の名所旧跡を派手に際だたせている、地図というよりその名の通り「図絵」だ。
「鳥目絵の世界」P.117-118
というふうに、鳥目は鳥目でも、こちらは鳥の目で描いた絵の話に発展してしまった。
ちょうど、種村さんのこの記述を読んだ時に、浮世絵の展覧会で、広重の「深川洲崎十万坪」を実際に見た間なしだったので、「あ、あれね!」と思ったのだった。

そして、種村さんは、これらの鳥目絵について、見たいものだけが描き込まれており、元禄から江戸中期にかけて、多く描かれていることから、町人が物見遊山を楽しむ余裕ができるようになったことから産まれた、と考察している。
奈良時代の「春日曼荼羅」から室町時代の各種洛中洛外図を経て、元禄期の温泉案内図や登山図を経て、近代の吉田初太郎らの作品にまで系譜だててみることができる点から、子供の遊戯や神事から生まれたものであろうと、考えている。

さらに、種村さんは春画と鳥目絵、そしてエドガー・アラン・ポーの「ランダーの別荘」という作品にまで論を広げていく。
春画と鳥目絵の同一視、もしくは対応関係は、一見突飛な思いつきと思う人もあるかもしれない。しかし、ひょっとすると、鳥目絵の本質はここにこそ露呈しているかもしれない。
人体(小宇宙)と山水(大宇宙)の対応と同一視。古来からの鳥瞰図は透視図法の未熟の産物ではなくて、むしろカッコとした宇宙・世界観の表現だったとわきまえるべきだろう。
「鳥目絵の世界」P.120
春画においては、秘部をことさら強調して描かれる。それは「見たいものだけを描く」という鳥目絵の特徴に通じている、というのだ。
そして、中井久夫が描いたポーの「ランダーの別荘」再現地図について
道教の胎生図たる内経図そっくりであり、さらには北斎や吉田初三郎の秘密くさい開口部がエロティックな窪みを形作っている山岳鳥瞰図にも酷似している。パノラミックな鳥瞰図が収斂していく先は、おそらく洋の東西を問わずに、胎生空間であるらしいのだ。
「鳥目絵の世界」P.122
たしかに、春画の構図のグロテスクなまでのアンバランスさ、というのは、「見たいもの」を強調しているのであり、山岳鳥瞰図にも似ている、というのにも、頷けるなぁ~と思った。
  

2009/10/22

「爆笑問題のニッポンの教養」FILE088は「カブキズム!」だった

毎回視聴する、というほど熱心なファンではないが、時々興味のあるテーマだと見ている「爆笑問題のニッポンの教養」(以下「爆問」と略す)。10月21日は河竹登志夫さんをゲストに迎えて、歌舞伎がテーマとのことで、見ていた。

河竹先生の著書


河竹登志夫『作者の家 第一部』(岩波現代文庫)









 『河竹登志夫歌舞伎論集









見ながらTwitterに要旨をUPしたので、そのログをもとに、まとめてみる。
歌舞伎座前から Na)歌舞伎座は2010年5月から建て替えに入る。
田中「今日たずねるのは、歌舞伎に関係ある方=河竹登志夫先生。ご先祖様が歌舞伎作者」
黙阿弥の写真 Na)幕末から明治にかけて活躍した天才歌舞伎作者。
VTR「白浪五人男」稲瀬川勢揃いの場(團十郎さん、菊五郎さん)
VTR「三人吉三」大川端の場(時蔵さん) 「こいつは春から縁起がいいわえ」
Na)数々の名台詞を残した。

VTR「古式手打式」にて演目を読み上げる河竹先生

VTR「寿曽我対面」三津五郎さまの五郎!w

河竹先生を訪ねる爆笑問題 研究室? デスクの上にはカエルのコレクションの一部
23:04 河竹先生は、カエルがお好き #kabuki #nhk #
河竹「自分は、両生類みたいな生き方をしてきたなぁと思う」

 



  • 23:06 天覧歌舞伎の解説をつとめ、早稲田大学名誉教授。比較演劇学を開拓。河竹「はじめから難しい、遠いものだと思わず、とにかく見てみよう!」 #kabuki #nhk #








  • 23:07 太田「学校から言われて、歌舞伎座に見に行ったけど、途中で抜け出していた。あの時代、アングラが面白かった」 #kabuki #nhk # 








  • 23:08 河竹「小劇場は、面白かった。歌舞伎と同じ。西洋流のリアリズムではありえない」





  • 歌舞伎は交流である
    幕がない=出雲の阿国がそうだった。



  • 「歌舞伎や小劇場というのは、垂直に来るけど、西洋リアリズム演劇は水平」 kabuki #nhk #





  • VTR「勧進帳」花道の飛び六法



  • 23:09 河竹「テレビとは違う、生の交流がある。今は鑑賞するものになっているけれど、昔はひとつの生活の場。錦絵を見るとよくわかる」 #kabuki #nhk #





  • VTR「菅原伝授手習鑑」車引 松緑



  • 23:10 河竹「客が率直だったから、よければ褒めるし、よくなければ物を投げたり騒いだりする。そういうお客を黙らせ、自分の芝居を見せるには、力がいる。今の歌舞伎は、そういう行儀の悪いお客との交流によってできた」 #kabuki #nhk #





  • 河竹「行儀の悪い客によって作られた。大衆的なエンターテイメントだった」

    太田「われわれにとっては、能・狂言・歌舞伎を一くくりに見てしまうが、それぞれはまったく違う? 歌舞伎はその中でも、特に自由だった?」



  • 23:11 河竹「歌舞伎ぐらい、どん欲な演劇はない」#kabuki #nhk #





  • VTR「スーパー歌舞伎 新八犬伝」



  • 23:12 太田「学校とは、いつもぶつかっていた。もっとダイナミックなものをやりたいと思っていた。自分の感情に近いものを表現したかったが、演技論を読むと、必ず型を学べと書いてあった。形を学ぶことで、心は後から入って行くと」 #kabuki #nhk #





  • VTR「王貞治の1本足打法」!



  • 23:13 太田「われわれは、型のためにやっているのかな? 型になものを作らなくては残らないのかな、と思う」 #kabuki #nhk #









  • 23:14 河竹「指1本が型になり得る。役柄の年齢が表せる、それが歌舞伎の一番の特徴かもしれない」 #kabuki #nhk #





  • VTR「勧進帳」花道の飛び六法(團十郎さん)



  • 23:17 河竹「型の一番の特徴は、死そのものを美化しようとする。残虐な場面が、それが一番顕著。忠臣蔵五段目は典型的な例。鉄砲で撃たれて死ぬ時の死に方が、役者の一番の見せ場。いかにいい形で死ぬところを見せるか。初代仲蔵が作った方」 #nhk #kabuki #





  • 河竹「海外でも殺し場はあるけれど、唯物的に殺してしまう」

    太田「殺しを美化する、それは確かに日本的だな」

    河竹「忠臣蔵五段目の定九郎」

    VTR「仮名手本忠臣蔵」五段目山崎街道(團十郎)

    河竹「猪が来たので驚いて、一旦隠れて、出てくると、勘平に撃たれる。いかにいい形で死ぬかという。これは、初代中村仲蔵が作った型。初めて座頭役がやる役にしてしまった」



  • 23:17 太田「今のを見ると、拍手を送ったり声をかけたくなる。外国の人から見ると不思議だろうな」 #kabuki #nhk #





  • VTR「女殺油地獄」(仁左衛門さん、孝太郎さん)



  • 23:18 太田「日本人がずっと抱えている、死に対するあこがれ? 外国人は死を下にすると思うが、日本人は死を上に持ち上げるのではないか? 仲蔵がやったような死の美化をする演劇は、外国にはない?」 #kabuki #nhk #







  • 23:19 河竹「わたしが調べた限りではない」 #kabuki #nhk #





  • VTR「コクーン歌舞伎 三人吉三」(勘三郎さん)



  • 23:20 河竹「芝居が身近すぎたので、趣味で見ている方が楽しそうだと思った」 #kabuki #nhk #





  • Na)歌舞伎作者を曽祖父に、演劇学者を父に持ったが、最初に目指したのは物理だった。



  • 23:21 河竹「物理が好きだったのは、数式が美しかったから。それが芝居の美しさと共通していたと、後になって気づいた。歌舞伎を知ろうと思うと、海外のものを知らないと、と思った」 #kabuki #nhk #





  • 河竹「だから、両生類なんですよ」

    太田「われわれは、先生がおっしゃる物理の公式とか、歌舞伎の型に対抗できないんじゃないかと思う」



  • 23:22 河竹「型から入って、型から出る。自分で膨らまして行かなければいけない。暫の隈取り、青いのは悪党、赤いのは正義、強さを表す」 #kabuki #nhk #





  • VTR「暫」(團十郎さん)



  • 23:24 太田「欧米人が真似できないと思うのは、所作とか日本人は個を消すことを目指す。時代をを全部背負って表現する。個性を出したいと思うのが、全部もみ消されてしまう。それが悲しさでもある。大きな一つの役者をそれぞれの時代時代で作っていて、一人一人の個性は消えてしまう」 #kabuki #nhk #







  • 23:25 河竹「個よりも典型。個を滅却する。女形はその典型だと思う。蕪木作者は”三親切”=役者・見物・座元に親切。作者に親切とはひとつも書いてない。三親切を守って、典型を作ることが作者の使命。だから型という典型を作る事につながる」 #kabuki #nhk #





  • VTR「弁天小僧」(菊五郎さん)

    河竹「その時代の典型、人物のあるべき姿、それが型だと思う」



  • 23:27 河竹「歌舞伎とは、人間の典型のドラマである。その時代のあるべき人間の姿を表現する。能は憂き世、あの世で生きようと考えた。歌舞伎は浮き世。どうせ死ぬならこの世で楽しく過ごそう」 #kabuki #nhk #





  • 河竹「“憂い世”と“浮き世”が、日本の特徴だと思う」

    河竹登志夫『憂世と浮世―世阿弥から黙阿弥へ (NHKブックス)




  • 23:27 河竹「現代は、浮き世」 #kabuki #nhk #







  • 23:28 河竹「なぜか、次々に支える人が出てくる。そしてそれを応援するお客が出てくる。それが本質かもしれない」 #kabuki #nhk #





  • 河竹先生、80歳を超えてなお、矍鑠なさっていて、ダンディでした。
    お話の内容も、わかりやすく、かつ本質をついていて、さすがだと思います。

      

    2009/10/10

    小林清親の「新東京雨中図」に、思いがけなくご対面@三井記念美術館

    日本橋の三井記念美術館で開催中の「夢と追憶の江戸 −高橋誠一郎浮世絵コレクション名品展−」を見てきた。
    この展覧会、会期が3期に別れていて、第1期は12日までなので、今日を逃すともう見に行けないことにきづいたのであった。 


    浮世絵の歴史に沿って、各展示室に陳列されていた中でも、写楽をはじめとする役者絵や吉原の花魁を描いたものなどが、目当てだった。どれも状態がよく、展示数も多すぎず少なすぎず、いい感じだった。
    そして、最後の展示室に、月岡芳年の芝居から題材を得た「松竹梅湯嶋掛額」の櫓のお七や、「船弁慶」を題材にした「月百姿 大物海上月 弁慶」、「安達原」を題材にした「奥州安達がはらひとつ家の図」、そしてあの小林清親の「東京新大橋雨中図」の実物が見られたのが、とてもうれしかった。






    小林清親については、杉本章子さんがその名もズバリの小説『東京新大橋雨中図』(文春文庫)を書いている。




    清親と杉本さんの作品を教えてもらったのは、中野翠さんのコラムだった。たぶん、『あんまりな』(毎日新聞社)ではないかと。






     

    で、 清親の弟子の井上安治については、杉浦日向子さんが『YASUJI東京』(ちくま文庫)という作品を描いていて、それも芋づるで、一連として読んだ。




    今回、清親の作品でもう1点「浜町より写 両国大火 明治四年一月廿六日出火」が展示されていて、これがまた、とてもわたし好みであった。


    江戸の浮世絵を見に行ったつもりが、思いがけず明治の浮世絵師・清親の作品に対面できて、しかもずっと見たいと思っていた「東京新大橋雨中図」の実物が見られたので、がんばって行った甲斐があったというもの。
    中期・後期にも芝居や役者絵はもちろん、清親作品も出るとのことなので見に行きたいと思っている。
      

    2009/10/04

    きものもアートだった?!@「肉筆浮世絵と江戸のファッション」展

    ニューオータニ美術館で「肉筆浮世絵と江戸のファッション」という展覧会が開かれているのを、twitterで「弐代目青い日記」の@taktwiさんに教えていただいたので、仕事も片付いたことだし!と行ってみた。

    そもそも、ニューオータニの中に美術館があるのなんて、ぜんぜん気付いてなかったわたくし…。
    日曜とはいえ午後遅い時間のため、そもそも人が少ない。
    最近、展覧会に行くと人がたくさんで、それだけで萎えることが少なからずあるので、これはうれしい。

    展示は、17世紀後半から、時代を追って肉筆浮世絵とひなかた、そして小袖(帯も少々)を組み合わせていた。
    肉筆浮世絵は、8月に江戸東京博物館でたくさん見たので、それに較べるとちょっと…とか思ってしまった。実は、一番最初に展示してある、サントリー美術館の「舞踊図」屏風が一番よかったかも…(汗)。
    とにかく江戸期の小袖をいろいろと見ることができたのがうれしかった。
    もちろん、布というのは、経年変化には弱いものなので、作られた当時の色とはだいぶ変化しているのだろうけれど、江戸期の刺繍や絞り、手描き、箔、地紋といった手間をかけた仕事を間近で見ることは、なかなか機会がないのでじっくりと。
    そして、一通り展示を見終えた後、振り返ってみたら「ああ、江戸期のこういう小袖っていうのは、単なる衣料品ではなく、美術品でもあったんだなぁ」ということを改めて感じた。

    近くで手仕事を見ているときには気付かない、全体の構図や色・柄の取り合わせの大胆さは、現代のきものにはない。
    展示から離れて見て、わかることもあるんだなぁ…。

    たとえば、寛文期の「黄綸子地雪輪竹模様小袖」。
    近くで見ていると雪輪がイマイチよくわからないのだけれど、離れて全体を見ると「なるほど!」と。
    公式サイトによると、この時代はすでに桃山期の影響を脱して、江戸独自の最初の流行とのこと。

    そして元禄期になると、友禅染が発達し、さらに、帯の幅が広がることによって、上半身と下半身の柄が分かれ、そこからさらに「腰模様」と呼ばれる、腰から下に模様を施すスタイルが流行していく。

    それが、江戸の人々の「粋」という美意識によって、「裾模様」と呼ばれるきものの裾の部分のみに模様を施すスタイルが生まれる。
    その例として展示されているのが「白綸子地松竹梅模様小袖」。

    また、逆に帯の位置に左右されない意匠としての「総模様」が誕生した。これは、現代の「小紋」に通じるデザインかな?
    その例が「白縮緬地垣楓模様小袖」。

    それにしても、こんな小袖をどんな女性が身にまとっていたのだろう? 一緒に展示されている浮世絵の題材になっているのは、ほとんどが遊女なので、やはり吉原あたりの花魁なのかな? 
    そして、きもののほとんどが国立歴史民俗博物館の所蔵品。やはり、一度、折りを見て、佐倉まで行くべき???

    こじんまりとした会場なので、点数は多くないけれど、なかなかステキな展覧会だった。
    特に、きもの好きな方には、オススメ。
    10月25日までが前期で、10月27日から展示替えが行われて、違う作品も見られるとのことなので、後期も見にいきたいな、と思う。


    ※上記で名前をあげたきものの画像は、「肉筆浮世絵と江戸のファッション 町人女性の美意識」で見られるので、ご参照ください。

    <参考になりそうな本>

    長崎巌監修『小袖雛形』(青幻社)

     

     

     

     


    長崎巌『小袖』(ピエ・ブックス)

     

     

     

     

     


    別冊太陽『小袖からきものへ 骨董を楽しむ55』(平凡社)

     

     

     

     

     

    戸板康二『元禄小袖からミニ・スカートまで―日本のファッション・300年絵巻』(サンケイ新聞出版局)


      

    2009/09/30

    「子供のがんは治ってからがまた闘いなのです」

    「こういうと語弊がありますが、わかりやすく言うと、大人のがんは、治ればそれで『よかったね』と祝ってすむけれど、子どものがんは、そこからまた、闘いが始まるのです」

    これは、小児がんにかかった子供とその家族をサポートする財団法人「がんの子供を守る会」会長の言葉だ。
    ちょっと狐につままれたような気分でこの言葉を聞いたのだけれど、そこから先のお話を伺って、「あ、そういうこともあるんだ」という、「闘い」の内容に正直なところ、驚いた。

    子どものがんは、白血病が多いそうだが、それ以外にもいろいろな種類のがんがあり、たいていの場合、大人に比べてその進行が早いという特徴があるそうだ。
    しかし、近年は、有効な治療薬の出現、医療技術の進歩のおかげで、治癒率はずいぶん上がっている。
    ただ、病気が治った後に彼らを待ち受けている"もまた、手ごわいものであるようだ。

    たとえば、
    ○闘病によって、学校を休んだことで勉強が遅れてしまい、進級や進学に支障を来たすこと。
    この件は、まぁ想像はできた。
    しかし、
    ○治療にともなって、放射線を大量に浴びざるを得なかったり、化学療法の薬品の後遺症が残ることも、少なからずある。
    ○がんを患ったことを進学や就職に際して、履歴書などに、そのことを記載するかどうか。
    ○結婚するにあたって、がんを患っていたことを相手とそのご家族に受け入れてもらえるか。
    といったことになると、会長さんのお話を伺ってはじめて「あ、そうか」気付かされた。おそらく一般の人にはなかなか、そこまで思い至ることは難しいのではないだろうか。
    実際、子供の頃にがんを患っていたことが理由で、本人同士は意志を固めていても、ご家族の反対に遭って結婚できないというケースもあるそうだ。
    完治したとされ、治療を受けることは終わったとしても、子供のがんを患った人たちは、その後もまだまだ"がん"と闘っていかなければならない、という現実は、もっと広く知ってもらいたいと、会長さんのお話を伺っていて感じた。

    がんの子供を守る会」の公式サイトの「小児がん経験者の自立支援」というページを見ていくと、
    ○長期の入院や療養生活の結果、普通の子供たちと同じような生活が送れないことがある
    ○慢性的な頭痛や倦怠感、体力の減退といった障がいが、認定されていない
    といった問題点をサポートするための事業が、行われていることがわかる。

    さらに「きょうだいの支援」というページもあり、病気に罹った子供だけでなく、その子の兄弟にもまた、サポートが必要だということにも気付かされた。

    患者家族への経済的な支援はもちろんだけれど、医療の進歩のための助成、治癒した後のサポート、そして残念ながら亡くなってしまった子供のご家族への支援、課題はたくさんあるのだなぁ、ということを知った。

    これは、9月28日に、紀尾井ホールでKame Pro Clubと三響會倶楽部共催の「伝統芸能の今」という公演での、「がんの子供を守る会」会長さんのご挨拶の中で触れられたことである。
    「伝統芸能の今」というのは、市川亀治郎さんと三響會(能楽囃子方の亀井広忠さん、歌舞伎囃子方の田中傳左衛門さん・傳次郎さんのご兄弟が主宰する会)が、一緒に演奏や舞踊を行う公演。
    今回、チケット代の一部(千円)をゴールドリボン基金に寄付すると、案内されていた。

    演奏と演奏の間に、トークのコーナーがあり、そこでメンバーによる芸談などの話の後、ゴールドリボン基金についての説明と、会長さんのご挨拶があった。
    亀治郎さんと三響會のみなさんは、今後も年に一度はこうした活動を行っていきたい、と話された。
    何か、社会に貢献することができる活動をしたい。そのためには、自分たちは芸をみなさんに見て聞いていただくことしかできないので、こういう会を開くことにした。これをきっかけに、みなさんにも、「がんの子供を守る会」の活動に興味を持ってもらいたい、といったことを亀治郎さんとこの会の?企画部長の傳次郎さんが話していた。

    チケット代からの寄付とは別に、当日、ロビーでも募金活動が行われていて、開演前は亀治郎さんと田中兄弟が、終演後は広忠さんが募金を呼びかけていたので、終演後に些少ながら、寄付をさせていただいた。

      

    2009/09/08

    マンガが敷居を下げる

    マンガといえども、侮るべからず!と大人になってから思ったのは、数年前に、みなもと太郎さんの『風雲児たち』を読んでからだ。



     みなもと太郎『風雲児たち(1)』








    この作品を読んで、それまでに読んだ歴史小説や歴史書では出会ったことがない「歴史観」に出会ったし、マンガ家さんの調査力とか洞察力ってスゴいなぁ~と、遅ればせながら思ったのであった。
    で。能を少しずつだが楽しめるようになってきたのもまた、マンガ作品との出会いがきっかけだったので、「すぐれたマンガ作品に出会ったら、それまであまり得意じゃなかったり、とっかかりがつかめなかったモノの敷居が下がるんじゃないかな?」と思ったのだ。

    日本の芸能っていうのも、一般的には、敷居が高いものの部類に入るといって、いいだろう。
    日常生活がすっかり、欧米化してしまった現代では、それも、ある意味当然のこと。
    わたしは、歌舞伎は、わりとすんなり見ることができたのだけれど「お能は結構、敷居が高かったなぁ、自分にとっては」と思う。
    大学の卒論で、お能にも若干関係するテーマを取り上げたので、学生時代とその後、数回は見たことがあったし、立原正秋の小説が好きだったので、イメージとしての「能」というのは、あったのだけれど、実際に能楽堂へ足を運んで舞台に接してみると、「うーん、よくわからん!」というのが、正直なところだった。

    20代からの念願だった、歌舞伎囃子の稽古を始めて、師匠とお稽古の合間に雑談をしているうちに、「これは、能の囃子についても知らないと!」と思ったものの、どんな舞台を見ればいいのかもよくわからず、とりあえず、うちの流儀と関係の深い囃子方の人間国宝の先生の舞台を見てみることにして、チケットを入手して見に行った。
    比較的最初の頃に、金春惣右衛門先生と亀井忠雄先生が出ていらした「石橋」連獅子を見たのは、大きかったと思う。
    お二人の囃子の芸にすっかり圧倒されて、しばらくは見たい囃子方メンバー(上記お二人の他、小鼓の大倉源次郎先生、笛の一噌仙幸先生など)の舞台を探しては見に行っていた。

    そんな時に出会ったのが、成田美名子さんの「花よりも花の如く」というマンガ。




    成田美名子『花よりも花の如く(1)』



     現在第7巻まで単行本化されている。






    長らく少女マンガを読んだことがなかったので、成田さんのお名前は、まったく知らなかった。
    ただ、作品を描くにあたって、成田さんがかなり能をご覧になっているであろうことは、伝わってきた。そういう作者の真摯な姿勢が好もしく思えた。また、主人公が連載スタート時は書生で、いろんな役演じ、また披きを経験して、独立するという、能楽師としての成長ストーリーは、能初心者にも共感しやすく、読みやすく、すっかりハマってしまった。

    その後、この連載のもとになった「Natural」の11巻も購入したw

    そうこうしているうちに、囃子以外の要素にも、目と耳が行くようになったものの、「仕舞」はよくわからないし、謡の詞もイマイチ聞き取れない。
    これはやはり、お稽古してみた方が、より楽しめるのかも!と思い始めたところで出会ったのが、われらが柴田稔先生の「短期能楽教室」。
    能を見始めた頃から、ネットで検索して、能楽師の方、能をよくご覧になっている方のBlogやサイトは拝見していたのだけれど、柴田先生のBlogもその一つだった。
    ご自分がシテをなさる曲のほかに、日々の舞台についての解説やちょっとした裏話などを、写真を交えて紹介して下さるので、「あ、あれはそういうことだったのか!」という気付きをたくさんいただいていた。
    そこに「短期能楽教室」の生徒募集の文字が! お稽古してみたいとは思い始めたものの「いきなり個人稽古はちょっと敷居が高いなぁ~」と思っていたので、とてもリーズナブルな参加費でグループレッスン&銕仙会のお舞台での発表会というのは魅力的だわ!と。
    成田さんが「花よりも花の如く」を描くのに協力されているのが、主に銕仙会の皆さんだったというのも、後押しとなり、メールで受講申し込み。
    気がつけば、1年半、楽しくお稽古を続けているというところ。

    お稽古を始めてみると、以前は退屈に感じてしまった仕舞が、楽しくなった。仕舞を見る時のポイントが、なんとなくわかってきた気がする。また、自分が知っている型が出てくると「あー、この間出てきた型だわ!」みたいなことも考えるようになってきたし。
    また、謡の詞も少しずつ、聞き取れるようになってきた。お稽古していただいた曲はある程度は覚えているということもあるのだけれど、それ以外の曲でも聞こえてくるようになるのが、不思議。耳が慣れてきたのかな??? もっとも、観世流以外は、聞き取れないことも少なくないけど(汗)。

    成田さんの「花よりも花の如く」に出てきた曲は、わりあい初心者にもわかりやすくて、見所がはっきりしている曲が多いので、これを読んでから、その曲が出る会を見に行ったりするのも、よいかもしれないなぁと思う。


    ちなみに、最近は歌舞伎役者が主人公のマンガもある。


     たなか亜希夫・デビッド宮原『かぶく者(1)』




     現在、第5巻まで単行本化済み。




    これが現実離れしているといえばいえるのだけれど、結構、「この人のモデルは、あの人?」と推理するw楽しみもあったりして、単行本が出るたびに購入して読んでいる。

    政治や経済、外交も、いいマンガがあったら、もっと身近に感じられそうだし、基礎知識は得られそうだなぁ。

      

    2009/09/07

    「勧進帳」あれこれ

    今月の歌舞伎座は、なんとなくチケットをとりそびれたまま、になっている。
    土曜日に、とある三味線音楽の演奏会を聞きに行った後、思い立って歌舞伎座へ。
    「勧進帳」を幕見することに。

    「勧進帳」といえば、昨年4月?の仁左衛門さんの弁慶、今年2月の吉右衛門さんの弁慶、ともに大変すばらしかった。

    吉右衛門さんは、熱いハートを理性でくるんだような、弁慶さんだった。幕外の飛び六法もシンプルだけど力強さにあふれていて、まさに「頼りがいのある男」の象徴であった。
    囃子も傳左衛門さん以下、揃っていたし、四天王は、染五郎・松緑・菊之助・段四郎という豪華版、そして富樫は菊五郎さん、という超豪華な「勧進帳」を堪能できた。
    (序幕が、三津五郎さまの「蘭平」だったので、3回も見てしまった・・・汗)

    仁左衛門さんの「勧進帳」は、”江戸前”の弁慶さんとはちょっと違って、ある意味「クサ」かったけれど、とてもドラマティックな「勧進帳」だった。弁慶っていう人は、こういう人だったんだろうなぁ~、という説得力にあふれていた。
    富樫が、勘三郎さんで、実はあまり期待していなかったのだけれど、この富樫がまた、よかった。
    勘三郎さんの、かなり抑えた富樫が、弁慶をより引き立てていた、という感じ。
    こちらもまた、囃子は傳左衛門さん以下の田中社中の皆さんが、気迫あふれる演奏で、芝居を盛り上げていた。

    あと、「勧進帳」といえば、やはり團十郎さんは外せない。
    とにかく、花道に出てきた時のあの存在感は、誰にもまねできないものがある。
    身体が弁慶になっているんだなぁ、團十郎さんの場合は。
    できれば、歌舞伎座建替え前に、もう一度、拝見したいものだが・・・。


    「歌舞伎名作撰 勧進帳」










    團十郎さんといえば、パリオペラ座でも「勧進帳」をなさっている。


     市川團十郎・市川海老蔵 パリ・オペラ座公演 勧進帳・紅葉狩(DVD付) (小学館DVD BOOK―シリーズ歌舞伎)









    で。今月の「勧進帳」。
    見る前から「吉右衛門さんの富樫が見たいんだもの」と、自分に言い訳w。
    期待にたがわぬ、大変結構な富樫だった。最後、定式幕が引かれるときの型が、とても大きくて、富樫に惚れた・・・。
    染五郎さんの義経も、品があって、若手の中では今、一番、義経がニンにあっているかも???と思った。
    今月は、囃子もやや手薄な感じだったなぁ・・・。ま、モナコと平成中村座があるから、しょうがないんだけど。あ、11日に三響会をなさるってことは、お二人とも、モナコ???


    昼の部は、芝翫さんの踊りがあるし、「竜馬がゆく」もあるので、通しで見たいと思いつつ、予定がハマらない・・・。

    ちなみに。
    「勧進帳」は、能「安宅」を七代目市川團十郎が歌舞伎にうつしたもの。
    お能に遠慮して「勧進帳」という題にしたのかな?と思っていたら、実は、能「安宅」の小書に「勧進帳」があって、この小書をつけないと、山伏が全員で勧進帳を読むのだそうだ・・・。
    それはそれで、見てみたい気もw。

    それと。芝居の地で演奏される「勧進帳」は、素の長唄としても、大変な名曲だとわたしは思う。
    比較的入手しやすいのは


    「芳村伊十郎長唄全集12 助六・勧進帳」









    で、本命は


     
    このCDに収録されている、四代目吉住小三郎の「勧進帳」は、すばらしいと思っている。





    あと、「安宅」や「勧進帳」に関係する本










    これは、去年書店で見かけて買って読んだのだけれど、弁慶の装束や「勧進帳」とはどんなものなのか、などの解説が面白かった。





      

    2009/09/06

    今度、平成中村座に会えるまで

    久しぶりで、銀座・教文館に寄ってみた。
    2階の歌舞伎本コーナーで、新刊を発見!
     

    『拝啓「平成中村座」様』(世界文化社)






    明緒さん(串田和美さんの奥様らしい)の写真と、平成中村座の主立ったメンバーの、平成中村座に宛てた手紙、勘太郎くん・七之助くんと串田さんとの鼎談で構成されている。

    平成中村座は、何度か見に行っていて(最初の数回は、見る事ができなかったのが、今となってはとても残念)、大好きだ。
    雨が降れば屋根を雨粒が叩く音が、花屋敷からはお客の歓声が、救急車やパトカーが通ればサイレンの音が、といった案配で、決して劇場としてはいい環境ではない。
    でも、芝居小屋としては、その混沌としたところが楽しい。

    去年の公演は、桜席で「忠臣蔵」と「法界坊」を見る機会を得た。
    開幕前、幕が引かれた後、舞台でどんなことが起こっているのかを、見て、肌で感じる事ができて、とても楽しかった。
    大道具さんが道具を出したり引っ込めたりする様子。
    幕が開くのを待つ役者さんたち。
    「忠臣蔵」の大序で、下手の幕溜で、「置鼓」という小鼓の手を、幕が開くのと息を合わせて打つ傳左衛門さん。
    道具の陰で合引を抱えて控えている黒子さん。
    すぐそこに仁左衛門さんの大星が! 勘太郎くんの勘平が! 勘三郎さんの判官が!と、興奮したよなぁ…。

    「法界坊」では、わたしのまん前の席に、出を待つ勘三郎さんが突然現れて、周りのお客に「暑くないですか?」とか「見にくくないですか?」などと話しかけてくれた。
    したたる汗を見かねて、お扇子で勘三郎さんをあおいであげたり(団扇じゃないと効果はあまりなかったけどw)。

    平成中村座は、ほんとに小さな小屋で、役者さん・地方さん・裏方さん・表方さんが一体になった熱が、直接客席に伝わってくる。そして彼らが、わたしたち客をもてなすばかりでなく、一緒に楽しんでいるのが感じられる。
    ここでは、芝居の最中でも、お弁当やおやつを食べたり、お酒やお茶を飲んだりしながら見てください。
    芝居って、もともとはそうやって見るものだったんだから、と勘三郎さんは言う。
    結局いつも、見ながらお弁当を食べる間もなく、芝居に引き込まれてしまうのだけれど、江戸時代の人たちは、きっとこんな感じで芝居を見て、楽しんでいたんだろうな、と思えるのが、平成中村座という芝居小屋だ。

    この『拝啓「平成中村座」様』で、勘三郎さんをはじめとした役者さん、串田さんが書いた手紙を読みながら、明緒さんの写真を見ながら、今までに見た舞台のあれやこれやが、頭の中で走馬灯のように甦ってきた。
    そして、舞台の感動までもが、そのまま思い出された。

    たぶん、来年の秋あたりにまた、平成中村座に再会できるはず。
    今度はどんな芝居を見せてくれるのだろう?あの小屋で。
    それまで、時々、この本を取り出して、思い出すことにしよう。

      

    2009/09/02

    『「でっけぇ歌舞伎」入門」』は市川海老蔵へのラブレター

    8月の新橋演舞場で見た「石川五右衛門」は、まだいろいろとブラッシュアップしていくべき点は見られたものの、新作歌舞伎としては、一度限りには終わらない可能性を感じさせる作品だった。
    その「石川五右衛門」の原案を書いた、樹林伸さんによる、歌舞伎入門書が、8月下旬に上梓されたので、さっそく購入して読んでみた。


     樹林伸『「でっけぇ歌舞伎」入門 マンガの目で見た市川海老蔵』
    (講談社+α新書)










    「はじめに」で、樹林さんは
    十一代目市川海老蔵という役者に出会うことによって、僕自身、大きく変わりました。
    たとえば、歌舞伎にたいする考え方です。
    歌舞伎をまったく知らなかった僕は、歌舞伎をすごく限定的なエンターテインメントだと考えていました。
    (中略)
    でもじっさいにはぜんぜんちがっていた。歌舞伎という芸能はまだ生きているし、成長を続けている。市川海老蔵は新しいチャレンジをしようとしているし、そのチャレンジによって四百年という長い歴史に、新たな一ページを刻もうとしている。
    これは僕にとって大いなる発見であったし、「出会い」がもたらした大きな変化でもありました。
    P.3-4
    と書いている。

    タイトルの「でっけぇ」は、歌舞伎十八番「暫」の中で、主人公の鎌倉権五郎に向かって劇中でかけられる、褒め言葉だ。
    実際、この芝居を見たことのある人なら、その実際以上の舞台上での存在感の”大きさ”を褒め称える言葉であることは、わかるだろう。
    扮装だけではなく、権五郎を演じる役者の、気持ちの大きさが、観客の目に反映される。どんな役でもそういう面はあるが、特にこの役にはそういう”大きさ”が要求されるように思う。
    そして、ここ数年の海老蔵さんの権五郎は、まさに「でっけぇ」にふさわしい。

    市川海老蔵という役者は、世阿弥のいう「時分の花」にぴったりだと、ここ2年ぐらいの彼の舞台を見ていて、感じている。
    四百年、十二代を数える名門・市川團十郎家を継ぐべき星の下に生まれた彼は、子供の頃からずっと、その重責を担うための英才教育を受けてきた。それでも、團十郎という名前の重圧に押しつぶされそうになったことは、一度や二度ではなかったに違いない。
    歌舞伎の家に生まれたということは、まさにそういうことなのだ。

    樹林さんも、そのことについて、第三章「シロウトに歌舞伎は演じられるか?」の中で次のように述べている。

    「團十郎」は世襲で伝えられているわけですが、待っていれば転がり込んでくるものではない。役者としての充実はむろんのこと、それにふさわしい精神性を要求する「名」なのです。
    P.81
    さらに、修行については、こんなことを。

    歌舞伎役者は小さなころから、歌舞伎を演じるためだけに、長い年月をかけて営々と素地をつくります。言葉は悪いけれども、洗脳に近い教育を受けるわけです。そんな驚くべき修行を積んだ人間だけが、歌舞伎役者になる。
    (中略)
    伝統芸能の世襲は、重荷のリレーだ、と僕は思います。
    受け継ぐものは、何百年もかけて培われてきた「芸」であり、「名」です。「財産」や「地位」ではない。たやすく受け止められるものではなく、子どものころからわけもわからず「芸」を叩き込まれ、バトンを受け取る準備を営々と行ってきた人間だけが、「名」を引き継ぐことを許される。
    P.84-85

    そして、素人にできるのは「まねごと」だけであり、
    歌舞伎の本質は、そういった「かたち」の中にはないのです。小さなころから叩き込まれ、磨き上げられた役者の素地と精神性。その中にこそある。
    P.87
    マンガ原作者として、また、小説家としてたくさんの仕事を抱え、締め切りに追われる樹林さんを、それまでほとんど触れてこなかった歌舞伎の原案作りという新しい仕事に誘い込んだのは、初対面の海老蔵さんが、金丸座の楽屋で発した次の言葉だったという。

    彼はあの射るような眼で僕を見つめながら、こんなことを言いました。
    「樹林さん、歌舞伎って、いろんな縛りがあって、できないことだらけだと思ってませんか」
    (中略)
    「そんなことないんです。歌舞伎は、しようと思えばどんなことでも表現できるんです。できないことはなにもないと思って、ストーリーを考えてみてくれませんか」
    (中略)
    「歌舞伎だと思って書く必要はありません。ふだん樹林さんが書かれている、マンガのシナリオだと思って書いてください。残念ながら、今、歌舞伎の現場には、おもしろいストーリをつくれる人がいない。そういう人材は、マンガやアニメ、ゲームなどの、今いちばん勢いのあるエンターテイメントの現場にいるんだと思っています。僕はそういう人と仕事がしてみたいんです」
    P.36-37

    海老蔵さんは、「石川五右衛門」の製作発表の席で「新作の古典をやりたかった」と話した。歌舞伎の文法を使いながら、現代の人に共感してもらえる新しい作品をやりたかった、ということだ。
    舞台を見ていて、竹本(歌舞伎の際に演奏される義太夫節)や、下座音楽(舞台下手の御簾の中などで演奏される三味線・唄・鳴り物による音楽)、附け、といったモノが上手に取り入れられていて、その中にも「へぇ~」と思わされるような演出が施されていて、「あ、これは歌舞伎だ」と素直に思うことができた。

    新作歌舞伎というと、突飛な演出や舞台装置、効果音、洋楽などを取り入れがちだけれど、そういうものは、やはりどこかで浮いて見えてくる。歌舞伎役者の身体技能に馴染まないからであろう。
    そういう点があまり見受けられなかったのは、海老蔵さんとスタッフの間に共通の認識がしっかりと出来上がっていたからだろう。

    あとがきのかわりに、海老蔵さんと樹林さんの対談が収録されている。
    この対談が、かなり砕けた話まで収録されていて、その点もかえって好ましく感じられた。
    そんな中で、特に印象に残っている海老蔵さんの言葉を引用しておくと

    歌舞伎って本来、新作をやるものだったんですよ。江戸時代には毎年毎年、新しい演目が演じられていたんです。でも、今はそうじゃなくなってますよね。古い演目を繰り返し演じるものになってしまっている。もちろん、古いものを大事にすることも大切なんだけど、それだけじゃダメなんじゃないか、と思っていたんですよ。新しいことをやっていかなきゃいけないんじゃないかと。
    P.162

    結局、「石川五右衛門」も、『「でっけぇ歌舞伎」入門』も、樹林伸から市川海老蔵に宛てた、ラブレターなんじゃないかな?

    海老蔵さんについては、こんな本も出ているので、参考まで。


    写真集市川海老蔵 (十一代目襲名記念)











    村松友視『そして、海老蔵』(世界文化社)







      

    2009/08/28

    一幕見席、存続か?!

    歌舞伎座建替え計画について、記者発表が行われたのが、8月26日。
    その際の報道では、一幕見席については、触れられていなかったため、悲観的に考えていた。

    しかし、今朝、Twitterで「存続するようです」という記述を目にしたので、さっそく、そのネタもとのBlog「江戸と韓国と演劇と映画と」の「一幕見は存続するようです」というエントリーを拝見。
    リンクが貼られていた
    歌舞伎座サイトにUPされた計画書(PDFファイル)
    を見てみた。

    4. うち劇場部分の概要
    客席数 現存(第四期)と同程度を想定 【参考:現存は1,859 席 一幕見席除く】
    桟敷席、1 階席、2 階席、3 階席、一幕見席
    舞台寸法 現存(第四期)と同程度を想定 
    【参考:現存は間口27.5×奥行20.6×高さ6.3m】
    まだ、「想定」という段階なので、これで、存続決定!と喜ぶのは早いのだけれど、現段階での計画に入っているということだけは確認できて、松竹さん、歌舞伎座さんが、ファンの声を聞いているようで、ちょっとだけ安心した。

    なお、現在の歌舞伎座については、つい先日、こんな本が出た。


    篠山紀信・坂東玉三郎『完全保存版 ザ歌舞伎座』(講談社)

     

     

     

    また、歌舞伎座の写真集としては、歌舞伎写真の第一人者・吉田千秋さんの本も。

     

     

    吉田千秋写真集 歌舞伎座―歌舞伎四百年記念』(朝日新聞社)



    劇場というのは、建てただけでは実は単なる箱でしかない、というのは近年できた某劇場に初めて行ってみた時に、痛感した。また、かつては魅力に溢れ、輝いていた劇場も、何かのきっかけですっかりそのアウラを失ってしまうこともある、ということもある。

    劇場というのは、そこを愛するスタッフ、役者、観客が集まって初めて、呼吸を始める。多くの人の心が、劇場をワクワクする玉手箱に育てていくものなのだ。今の歌舞伎座には、そうしたたくさんの人の愛がつまっている。だから、たとえ急な階段を上がろうとも、座席が窮屈であろうとも、歌舞伎座で見る歌舞伎が一番好きだ。

    新しい歌舞伎座も、そういう劇場=小屋になっていって欲しいと願っている。